或阿呆のブログ

Pythonを好んで使っているプログラマです。Ruby,Perl,PowerShell,VBAなどでもたまに書いています。おバカなことが大好きです。

「嫌われる勇気」人は怒りを捏造する。アドラー心理学の目的論

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

心理学のちゃんとした本ってのは小難しい上に理解に時間がかかるのでこういった大衆本が出てきてくれると本当に助かる。

ちょいと気になった点をご紹介。

人は怒りを捏造する。

非常に怒りっぽい人っていますよね?なるべく関わりたくないというか・・・。私の人生経験では、二人思い当たる人がいます。まずは、父親。あと、高校のときの生物の先生。

人は、何らかの原因があって怒るものだと思いがち。だから、怒られた場合は、自分が悪いことをしたと思いがちです。怒られてばかりだと気が滅入ってしまいますね。

そのうち、

怒られてばかりで、自分はなんてダメな人間なんだ。

と卑屈になる人もいるでしょう。何を隠そう私自身がそうでした。父親が非常に怒りっぽくて厳しい人だった。何をやっても怒る。KYな俺は怒られる原因が何かわからない!

しかし、人は怒りを捏造するものなのです。

アドラー心理学で言うと、以下の理論

目的論(Teleology)
全体としての個人は、生物学的には、個体保存と種族保存、社会学的には、所属、心理学的には、その人らしい所属、という目標のために行動する。
何をいっているかさっぱりわからんでしょう???wだから心理学の本格的な理論を真っ向から学ぶのは良くないと思うんだ。大衆本はその変をわかりやすく書いている。そして、私は大衆本よりもわかりやすく自分の体験談を語ろうと思ったのです。

ここでは何を言いたいのかというと。怒りは原因があって生じるものではないということ。目的がまずあり、その目的を達成するために怒りを道具として行動する。目的ありきなわけですね。

私は小さい頃から理屈っぽくて捻くれていて面倒くさい子でした。今も変わっていませんが・・・。父は、体育会系で、公務員だからとにかくかたぶつで、理屈を語ろうものには、「屁理屈ばかり言うな」とよく怒られました。

父にとっては、自分のものさしで、子供にはこうして欲しいという目的があって、子供に手っ取り早く言うことを聞かせるには、怒りとか恐怖を道具にするとよい。そして、子供を不当に屈服させていくわけですね。

高校のときの生物の先生もそうだでした。とにかく自分の思う通りに授業が進んで、勉強をしてこないとものすごく怒る。また、単位やらないぞくらいの脅しをかけてくる。だから必死に頑張りましたよ。先生にとっては、学生を頑張らせることが目的だったわけだから目的は達成されたと考えていいだろうと思う。

でもさ、親の言うことが間違っていたらどうする?先生の言うことが時代にそぐわなかったらどうする?結局、怒りを道具に相手を従わせても、外見上は上手く行くかもしれないが、長い目で見れば正調が無いと思う。

人は怒りを捏造するということを知っていればもっと冷静に対処できるのではないだろうか?人が怒りを道具に言いくるめてくるときは、結局相手側の都合なわけ。そして、さらにたちが悪いことに、子供のためを思ってこんなに厳しく躾けているんだぞと言わんばかりの態度がさらにむかつく。

他人の目的達成に付き合わされて自分の人生があらぬ方向性に行かないよう気をつけたいですね。会社にもいるよこういう人。